研究開発

声帯瘢痕

疾患の特徴

声帯瘢痕とは、声帯の物性が硬く変化(線維化、瘢痕化)して動きが悪くなるため、声が出しにくくなる音声障害を生じる疾患です。発症原因は明らかになっていませんが、声帯の外傷や炎症、声帯の手術後などに起こりやすいことが知られています。患者数については、小規模の疫学調査結果から、国内に3千~12千人の患者がいると推定されています。これまでのところ、声帯瘢痕に対する有効な治療法はなく、音声訓練等のリハビリテーション及び声帯の位置を移動する手術といった対症療法が中心となっています。

声帯の特徴

  • 1秒間に200~300回振動して発声
  • 表面は粘膜、内側は筋肉や靭帯からなる層構造

疾患の特徴

  • 先天性、後天性 (炎症・外傷に起因) の慢性難治性疾患
  • 声帯粘膜の線維化により声帯が硬く変性し、発声が困難になる
  • 患者数*:3千~12千人 (日本)、3万~12万人 (全世界)
  • 有効な治療法はない
  • * 出典:角田紘一:
    声帯溝症の診断治療の確立と標準化に向けたガイドラインの作成に関する研究。
    平成21年度総括・分担研究報告書、厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業、及び総務省統計局「世界人口の推移」を基に当社推計。

声帯瘢痕に対するHGFの作用機序

HGFの生物活性として線維化を抑制する抗線維化作用があるため、声帯瘢痕の治療にも活用できる可能性が考えられます。当社では、京都大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科及び公益財団法人先端医療振興財団との共同研究により、声帯瘢痕モデル動物の声帯内に組換えヒトHGFタンパク質を投与したところ、声帯機能の改善を認めました。そこで、医薬品の開発に必要な非臨床試験(声帯内投与における試験)を追加で実施し、臨床試験に開発ステージを進めました。声帯瘢痕患者を対象とした第Ⅰ/Ⅱ相試験(医師主導治験)結果の概要は次項目のとおりです。

声帯瘢痕患者を対象とした第Ⅰ/Ⅱ相試験(医師主導治験)結果の概要

第Ⅰ/Ⅱ相試験(医師主導治験)は、声帯瘢痕患者を対象にオープンラベル用量漸増試験として実施されました。HGF製剤は、両側声帯粘膜内に局所投与しています(週1回×5回)。当該試験の主要評価項目である安全性の確認について、重篤な副作用は認められず、忍容性は良好であることが示されました。また、副次評価項目において、改善傾向の見られる評価項目、評価時期についての知見が得られました。本試験の結果は、国際医学雑誌Journal of Tissue Engineering and Regenerative Medicineに論文発表されています(Hirano et al, 2018.)。声帯瘢痕においてHGFのPOCが確認された場合には、HGFの「抗線維化」作用に基づく創薬コンセプトそのものが示されることになり、声帯瘢痕のみならず他の線維化が原因となる慢性疾患(慢性腎不全、肝硬変、肺線維症など)への適応拡大の可能性が示されると考えています。

デザイン オープンラベル、用量漸増試験
患者母集団 20歳以上65歳以下の声帯瘢痕患者
用法用量 1、3、10µg/片側声帯/回(各群6例)
1回/週、計4回、両側声帯粘膜内局所投与
主要評価項目 評価基準 安全性の確認
結果 声帯の充血が認められたが、軽度で回復しており、安全性上大きな問題は生じないと考えられた。
副次評価項目 評価基準 有効性評価指標及び評価時期の探索
結果 有効性指標として測定した5種類の評価項目のうち、3種類の評価項目について改善の傾向が見られた。

※出典:Hirano et al, J Tissue Eng Regen Med. 2018

声帯瘢痕 第Ⅲ相試験(医薬品開発の最終段階)

声帯瘢痕患者を対象とした第Ⅲ相試験

第Ⅰ/Ⅱ相試験の結果を踏まえて、ピボタル試験として第Ⅲ相試験「声帯瘢痕患者に対するKP-100LIの声帯内投与に関する多施設共同、無作為化、プラセボ対照、二重盲検、並行群間比較試験」を開始しました。本試験は、安全性及び有効性を検証することを目的とし、京都府立医科大学附属病院において患者組入れを開始しました。さらに、治験実施医療機関を5施設まで増やしております。

試験デザイン 多施設共同ランダム化試験
目標症例数 62症例(HGF及びプラセボ投与群、各群31症例)
対象患者 声帯瘢痕(声帯溝症を含む)患者、年齢:18~75歳
用法 【二重盲検期】声帯粘膜内投与(週1回×4回)、観察期間:24週間
【継続期】希望する患者にはHGFを投与(週1回×4回)、継続観察期間:24週間
主要評価項目 二重盲検期の観察期間24週目におけるVHI-10*スコア改善率
実施施設 京都府立医科大学附属病院、久留米大学医学部附属病院、東北大学病院、川崎医科大学附属病院、他1施設

声帯瘢痕用治験薬の製造と市販製剤の開発

  • 市販用の少量製剤の検討
  • 市販スケールでの製造検討及び各種試験を実施
  • 声帯瘢痕に対する投与用量は神経系の疾患と比較して10分の1以下であり、声帯瘢痕の臨床試験では、脊髄損傷急性期及びALSの臨床試験に使用されている製剤と同じものを希釈して使用するものの、市販に向けては声帯瘢痕用の少量製剤が必要になります。

参考文献

  • Mizuta M, Hirano S, Ohno S, Kanemaru S, Nakamura T, Ito J. Restoration of scarred vocal folds using 5 amino acid-deleted type hepatocyte growth factor. Laryngoscope. 2014; 124: E81-86.
  • Hirano S, Kawamoto A, Tateya I, Mizuta M, Kishimoto Y, Hiwatashi N, Kawai Y, Tsuji T, Suzuki R, Kaneko M, Naito Y, Kagimura T, Nakamura T, Kanemaru SI. A phase I/II exploratory clinical trial for intracordal injection of recombinant hepatocyte growth factor for vocal fold scar and sulcus. J Tissue Eng Regen Med. 2018 12:1031-1038.